研究者紹介:田仲由喜夫

学位・経歴

博士(理学)

  • 1985年3月   東京大学理学部物理学科卒業
  • 1987年3月   東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了
  • 1990年3月   東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了
  • 1990年4月   新潟大学理学部物理学科助手
  • 1996年4月   新潟大学大学院自然科学研究科助教授
  • 1998年8月   名古屋大学大学院工学研究科助教授
  • 2012年4月   名古屋大学大学院工学研究科教授

受賞歴

  • 2000年  日本IBM科学賞「異方的超伝導体におけるトンネル現象の研究」(柏谷聡氏との共同受賞)
  • 2005年  超伝導科学技術賞 「異方的超伝導体における界面現象の理論と実験検証(柏谷聡氏との共同受賞)
  • 2014年   Journal of the Physical Society of Japan 2013 Highly Cited Article Award for top 10 articles highly cited in 2013 that were published in 2012. “Symmetry and Topology in Superconductors–Odd-Frequency Pairing and Edge States–“Y. Tanaka, M. Sato, and N. Nagaosa, J. Phys. Soc. Jpn. 81, 011013 (2012)
  • 2019年  日本物理学会論文賞 “Line-Node Dirac Semimetal and Topological Insulating Phase in Noncentrosymmetric Pnictides CaAgX(X= P, As)”, A. Yamakage, Y. Yamakawa, Y. Tanaka, and Y.Okamoto, J. Phys. Soc. Jpn. 85, 013708 (2016)
  • 2020年  科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)「非従来型超伝導体の界面現象の研究」(柏谷聡氏との共同受賞)

研究分野の詳細とこれまでの研究成果

一般に低温で金属の電気抵抗がゼロになる超伝導現象は、2電子がクーパー対と呼ばれる電子対を形成することで発現することが知られています。超伝導素子の代表例として、常伝導金属・超伝導体接合、超伝導体・超伝導体接合が知られています。ジェーバー博士とジョセフソン博士が、これらの系における最も重要な量子効果であるトンネル効果を発見されて、江崎玲於奈博士とともに1973年にノーベル物理学賞を受賞されたことは広く知られています。1973年当時、トンネル効果の研究対象となった金属超伝導体は、電子対の広がりが等方的なs波対称性を有する従来型超伝導体に分類されることが知られていましたが、後に電子対の広がりがd波やp波対称性のように異方的な非従来型超伝導体が発見されました。非従来型超伝導体の代表例であるd波対称性を有する銅酸化物高温超伝導体を発見したベドノルツ博士とミュラー博士は1987年ノーベル物理学賞を受賞されました。

従来型超伝導体のトンネル効果は1960年代から知られていましたが、非従来型超伝導体のトンネル効果の理論は存在していませんでした。一方、超伝導体界面において電子がホールとして反射されるアンドレーエフ反射と呼ばれる量子効果が存在し、多重反射によりアンドレーエフ束縛状態とよばれる量子状態が形成されることが知られていました。

私は、30年以上にわたり アンドレーエフ反射アンドレーエフ束縛状態に注目することで、1)常伝導金属・超伝導体接合におけるトンネル効果、2)超伝導体・超伝導体接合におけるジョセフソン効果、3)電子対が常伝導金属に浸入する近接効果といった超伝導接合の最も基本的な量子効果の理論を、従来型超伝導体から非従来型超伝導体へと発展させました。その結果、非従来型超伝導体特有の新奇な境界状態(エッジ状態)の存在を明確にし、エッジ状態として現れるアンドレーエフ束縛状態を、対称性とトポロジーの観点から分析することにより、奇周波数電子対と呼ばれる同時刻で対を形成しない新奇な電子対の存在を明確にし、トポロジカル超伝導という新分野の発展に貢献をしました。

以下で具体的な研究成果を解説します。また、関連分野の研究については研究内容のページで詳細に解説しています。

  • 非従来型超伝導体のトンネル効果の理論 ▼

    伝導金属・超伝導体接合系におけるトンネル効果は、従来型超伝導体(金属超伝導)に関しては1960年代にすでに確立していました。しかし、銅酸化物高温超伝導体などの非従来型超伝導体(異方的超伝導体)に関しては長年理解が不十分なままでした。
    私は、非従来型超伝導体の境界状態(エッジ状態)を理論的に研究することで、常伝導金属・非従来型超伝導体接合の微分コンダクタンス(接合を流れる電流を、電圧で微分した量)の公式を理論的に導きました。
    私の導出した理論は、電子対の広がりが異方的なd波やp波対称性を有する非従来型超伝導体に適用可能なトンネル効果の理論であり、またエッジ状態の効果を取り扱うことのできる一般論で、従来型超伝導体接合のトンネル効果の理論の単純な拡張ではありません。記載の図はは、常伝導金属・超伝導体接合における常伝導状態の値で規格化した微分コンダクタンス(V: 電圧 Δ0 エネルギーギャップの大きさ)(a:左)従来型超伝導体接合, (b:右)非従来型超伝導体接合電子対の対称性がs波対称性をもつ従来型超伝導体の常伝導金属・超伝導体接合では、一般に(完全に透過する場合以外は)、[図1(a)]のように零電圧で微分コンダクタンスは極小となることが知られています。一方、非従来型超伝導体接合においては零エネルギー表面アンドレーエフ束縛状態(ZESABS)と呼ばれるギャップレス・エッジ状態の形成により、[図1(b)]のように零電圧で極大となる零バイアスコンダクタンスピーク(ZBCP)が現れることを様々なモデルで明らかにしました。このZBCPは実際に、共同研究者の柏谷聡氏の実験をはじめとして、多くの銅酸化物高温超伝導体のトンネル分光実験により観測され 、銅酸化物高温超伝導体の電子対がd波対称性を有することを確定する上で重要な貢献を果たしました。私たちの作った理論は、非従来型超伝導体のトンネル分光の概念を革新し、銅酸化物高温超伝導体だけでなく様々なの非従来型超伝導体のトンネル効果の実験の論文で引用されています。


  • 非従来型超伝導体のジョセフソン効果の理論 ▼

    伝導体・超伝導体接合においては、接合間の電位差が零であってもトンネル効果により散逸を伴わない電流が存在し、ジョセフソン電流と呼ばれています。私は、d波超伝導体のような非従来型超伝導体接合においてZESABSの効果を取り入れたジョセフソン電流の理論を導きました。
    ジョセフソン電流I(φ)は2つの超伝導体の持つ位相の差φの周期関数として表されることが知られ[図2]、従来型の超伝導体接合ではsin(φ)依存性を有し、I(φ)を積分することで得られる自由エネルギーF(φ)がφ=0で極小値を持つことが広く知られています[図2(a)]。銅酸化物高温超伝導体の発見が契機となって、d波超伝導体のもつ符号変化により自由エネルギーがφ=±πで極小値を持つπ接合が知られるようになった[図2(b)]。これに対して、私はそのいずれでもない自由エネルギーの極小値が±φ(φは0でも±πでもない)において2重縮退する形で存在するφ接合の存在を予言しました。
    さらに、φ接合が多重アンドレーエフ反射によりd波超伝導体接合で広く実現され、ジョセフソン電流の最大値Ic(T)が温度Tの関数として非単調な温度依存性を示す場合があることを予言しました。これは温度の低下と共にd波超伝導体のジョセフソン接合が0(π)-接合からφ-接合を
    経由してπ(0)-接合に転移することに起因するもので、従来型超伝導体では見られないとても新奇な位相差依存性です[図3]。これらの理論的予言は、後にイタリア、ドイツの実験グループにより、銅酸化物超伝導体の結晶粒界型ジョセフソン接合の実験で検証されました。
    また、d波超伝導体接合界面に形成されるアンドレーエフ束縛状態を調べて、φの関数として4π周期を持つことを1996年に予言しました。この性質は今日トポロジカル超伝導体におけるマヨラナ準粒子を介したフェルミオンパリティを破らない場合のジョセフソン電流の本質として知られていて、マヨラナ準粒子の示す交流ジョセフソン効果に関する著名な論文においても引用されてます
    また私は、90年代のジョセフソン効果の理論を発展させて、トポロジカル絶縁体上の超伝導体・強磁性体・超伝導体接合においては、時間反転対称性と空間反転対称性の破れにより2つの超伝導体の位相差が零であってもジョセフソン電流が流れうる[図2(d)]に示すφ₀-接合が実現されることを示しました。さらに最近、ジョセフソン接合のダイオード効果に関する先駆的研究を行い、φ₀-接合形成によりトポロジカル絶縁体上のd波超伝導体接合において巨大なダイオード効果が得られることを明らかにしました。


  • トポロジカル超伝導の理論 ▼

    2010年ごろ、私たちは非従来型超伝導体のエッジ状態の有無が、ハミルトニアンに基づいて定義されるトポロジカル不変量と呼ばれる整数の有無で決定されることを明らかにしました。界面、表面に沿った運動量を固定することで1次元的なハミルトニアンを定義すると、この1次元的なハミルトニアンに対して定義されるトポロジカル不変量という整数が零ではない値を持つ場合に、エッジ状態がZESABSとして現れ、銅酸化物超伝導体がトポロジカル超伝導体として解釈できることが示されます。その結果、多くの非従来型超伝導体がトポロジカル超伝導として分類されることを明らかにされました。
    さらに、空間反転対称性の破れたパリティの混成した超伝導体の接合において、トポロジカルに自明な超伝導体からトポロジカル超伝導体に量子相転移する際に、接合系の微分コンダクタンスの零電圧コンダクタンスピーク(ZBCP)が劇的な変化をすることを明らかにしました。また私たちは、トポロジカル絶縁体上の超伝導体接合におけるトンネル効果の研究を行いました。トポロジカル絶縁体の表面では電子の運動方向とスピンの向きが結合した非自明な金属状態が、エッジ状態として現れることが知られています。私は、トポロジカル絶縁体上の強磁性体・従来型超伝導体接合においてマヨラナ準粒子を介した準粒子トンネル効果の微分コンダクタンス公式を導きました。この結果は、1995年の非従来型超伝導体で導出した一般的な公式が、拡張できることを示したものでもあります。その結果、ZBCPの大きさが外場により制御できることを明らかになりました。ここに登場するマヨラナ準粒子とは、スピン自由度が制限されるスピン3重項超伝導体に現れる特別なアンドレーエフ束縛状態で、生成と消滅の区別できない準粒子であり、またその交換性が非可換統計に従うことからエラー耐性のある量子計算素子の観点から世界各国で注目されています。


  • 非従来型超伝導体の異常近接効果と奇周波数電子対の理論 ▼

    私は、非従来型超伝導体接合の超伝導近接効果の研究で重要な貢献を行いました。
    超伝導近接効果とは、常伝導金属(拡散伝導領域 DN)・超伝導体接合系で超伝導体中の電子対が常伝導金属に浸入する界面における量子効果で、メゾスコピック超伝導の研究で発展しました。従来型超伝導体接合では、常伝導金属中の準粒子の局所状態密度ρ(ε)がε=0においてギャップ構造を持つことが知られています(図4(a))。ここでεはフェルミ面から測った準粒子のエネルギーです。近接効果の研究は、従来型超伝導体に対しては存在していましたが、非従来型超伝導体に対しては知られていませんでした。
    そこで私は、非従来型超伝導体の近接効果を研究して、(具体的には、南部ケルディッシュグリーン関数の新しい境界条件を導出した)非従来型超伝導体の近接効果を準古典Green関数で計算できる理論的枠組みを構築しました。この理論をスピン3重項p波超伝導体に適用すると、ρ(ε)がε=0においてピーク構造を有するという従来型超伝導体の近接効果とは全く異なる異常近接効果を予言ました[図4(b)]。さらに、接合系の微分コンダクタンスのゼロ電圧ピーク(ZBCP)出現の予言を行いましたが、関連した実験が後に台湾交通大学のLin教授らのグループで行われ、異常近接効果に起因したZBCPが実際に観測されました。
    またこの不純物散乱に堅牢な異常近接効果の起源は、同時刻で電子対を作らない奇周波数スピン3重項s波という新奇な電子対が常伝導領域に浸入することによって発現していることを示しました。奇周波数電子対とは、2電子の時間の入れ替えに関して符号変化する電子対で、表に示されるように、従来から知られた電子対とは対称性の異なる電子対であり、バルクの超伝導状態としてはいまだ確認されてません。

    私は、奇周波数電子対という新奇な電子対が接合系をはじめとする不均一な超伝導体に広く遍在することを明らかにし、超伝導体のエネルギーギャップ内の準粒子に由来する現象に、奇周波数電子対が深く関わり、表面アンドレーエフ束縛状態が存在するときに表面近傍で顕著に増大することを示しました。アンドレーエフ束縛状態、あるいはギャップ内状態というのは単に超伝導の壊れた状態と考えられがちですが、そうではなくてバルクに存在しえない不思議な電子対とみなせることを明らかにしたのが私の行った研究の重要な成果と思います。
    実際に奇周波数電子対の特徴として磁場を排除しない異常磁気応答効果が予言されまたが、この効果は、通常の超伝導で知られる外部磁場を排除するマイスナー効果とは対照的に、磁場を引き込む現象です。実際に、超伝導・常伝導接合系の常伝導領域の内部磁場の増大効果が実験で観測されています。またマヨラナ準粒子がエッジ状態として現れるトポロジカル超伝導体では常に奇周波数電子対が現れ、マヨラナ準粒子と表裏一体をなすスペクトラルバルクエッジ対応という関係があることも示されています。

    異常近接効果の劇的な性質は1次元的な波数依存性を有するスピン3重項p波超伝導体接合の零電圧における微分コンダクタンスピークの値に現れることがしられています。その大きさは、拡散伝導領域の抵抗や、界面での抵抗に依存せず、(2e2/h)N(eは電荷素量、hはプランク定数、Nはチャンネル数)と量子化値をとることが知られていますが、この性質は、本質的には2004年に予言したスピン3重項p波超伝導体の近接効果ですでに明らかになっていました。
    現在図5に示すような1次元Rashba超伝導体とも呼ばれる系で、ゲート電圧と外部磁場を制御することで、実効的な1次元スピン3重項p波超伝導体が実現され、その両端にマヨラナ準粒子の存在が予言され、世界各国で実験が行われています。この系を用いることで、私が2004年に異常近接効果の理論で予言した微分コンダクタンスの量子化が観測されることが浅野泰寛氏との共同研究で予言されました。


これらの成果はいくつかの総説記事に纏められています。また、これまでの研究成果とその背景をまとめた書籍「超伝導接合の物理」(名古屋大学出版会)があります。